MHL. COLOURED COTTON

MHLでは、2020年の秋冬シーズン、天然色のコットンで作られたコレクションをローンチする。
本来、コットンの色はブラウンがナチュラルカラーであり、世の中に浸透しているホワイトは染色しやすくするために品種改良されたものである。1980年代、古代種の茶綿をオーガニック農法で現代に蘇らせたのが、生物学者のサリー・フォックスさんだ。コレクションでは、彼女が手がけた古代綿を用い、MHLらしいクリーンなスタイルに落とし込んでいる。コットン本来の膨らみと柔らかさを堪能しながらも、漂白を必要としないため環境と人体にも優しい貴重なシリーズとなっている。

すべては茶色い綿花から始まった。

サンフランシスコ在住の生物学者サリー・フォックスさんは、オーガニックコットンを広めたパイオニアとして、現在その名を知られている。彼女がオーガニックコットンを手がけるようになったきっかけは、昔使われていたとある染色液の存在だった。
「私は生物学者ですが、幼い頃から好きだった手紡ぎを教えていることがありました。ある時、生徒の娘さんが、学校でテキスタイル染色を学んでいた時にグローブをしていなかったため、皮膚から染色液の成分が身体に入り、脳傷害に陥ってしまったのです。気になって、個人的にいろいろと調べるうちに、その染色液と殺虫剤(農薬)が同じ会社で作られていることがわかり、以来、染色された糸を避けるようになりました」

当時から、ウールやリネンはいろいろな色があるのに、コットンは白しかないことに疑問を抱いていたサリーさん。1981年のある日、学者として農園でのテクニカルサポートをしていた彼女は、初めて茶色い綿花と出合う。 「オーナーが古代種である茶綿を持っていて、それを私にくれたんです。それを機に、オーガニック農法でコットンを作りたいと考えるようになりました」
最初の3年間はいくつかの鉢で茶綿を育て、1984年からは畑を借り、茶綿づくりをスタート。するとその4年後には、今はなき日本の紡績工場から、サリーさんの綿へのオーダーが入った。それにより、本格的なカラードコットンの事業がはじまることとなる。
「国内外において、初めてのオーダーでした。今もオーガニックコットンが世界中に存在しているのは日本との繋がりのおかげなんです」

機械でも糸にできないくらいラフで短い茶綿を、スーピマコットンやシーアイランドコットンと交配させ、紡績できる品種改良に成功したのが、FOX B(ブラウン)だ。古代綿の色でもあるナチュラルな有色の綿花は、害虫にも強く、有機肥料だけでも生育する強い綿でもある。
一方、FOX G(グリーン)は、茶綿を改良する過程で偶然誕生したもの。栽培中に、何千もある中からたった1つだけ他とは違うコットンボールが出現したという。種が美しい緑色をしていたことから「シーグリーン」と名付けられた。これも非常に扱いにくい繊維だったため、シーアイランドコットンと交配させ、今の細く滑らかなものとなった。どちらも他のコットンに比べてとても柔らかく、風合いがいい。茶色や緑色の綿は天然色のため、生産時期によって多少の色の濃淡があるが、逆に染めていないからこそナチュラルな濃淡が楽しめる。

“オーガニックコットン”と言われる基準は、オーガニックテキスタイルの世界スタンダードである“GOTS”が 基準となる。公に“オーガニックコットン”と言えるものは、3年以上農薬や肥料などの基準を守って栽培された綿であり、遺伝子組み換えの種子ではない、枯葉剤を使用しない、児童労働させない、フェアトレードであることなどの基準をすべてクリアし、人にも環境にもやさしい素材に特化したものだ。FOX B、FOX Gは、ともにこれら世界認証を取得している。2つの糸が生まれた背景には、サリーさんの努力とともに、実は日本の紡績技術によるところも大きい。「こんなに繊細で美しい生地を作るのはここだけ」と絶賛するのが、大正紡績株式会社(以下大正紡績)の存在だ。「私が育てた綿花を糸にする、これはチームでの仕事です。だから信頼関係が一番。昔は数社と仕事をしていたこともありましたが、今は大正紡績のみです。何よりも畑を大切にしてくれる。この会社を超えるところはありませんね」

大阪にある大正紡績は、1918年(大正7年)に創業。現在100周年を迎える、歴史ある紡績会社。1969年にクラボウ(倉敷紡績株式会社)の子会社となったが単に下請け業務だけでなく、糸の開発をはじめ、自分たちでものづくりを提案していく独自スタイルを追求することで現在に至る。

大正紡績に初めて茶色い綿花がやって来たのは1993年のこと。サリーさんとの出会いから、社全体で環境について考えるようになったと営業部の赤松一人さんは話す。
「まだ環境に危機感を持っている紡績メーカーは全くないと言っても良い時代。天然繊維である綿花は環境に良い素材というのが業界の常識でした。けれども実際は綿花栽培に使用される農薬や枯葉剤散布によって、土壌や大気、また人体への影響もあることがわかり、環境に配慮されたルールの中で生産されるオーガニックコットンを少しでも使用していくことにしたのです」
大正紡績は、オーガニックコットンやリユースコットン、リサイクルの糸など、サステナブルなものづくり方向へと先駆けて舵を切った。

それでも世界のオーガニックコットンの生産量はコットンの総生産量の約0.7%でしかないという現状もある。オーガニックコットンの生産量は栽培の厳しいルール、認証にかかる費用や手間、遺伝子組み換え技術の発達などにより、ここ数年1%未満で横ばいに推移しているという。大正紡績が近々5年の間に使用したコットンのうち、オーガニックコットンが占める割合は約30%、そのうち60%以上が契約栽培によるもの。オーガニックコットンがビジネスになりにくい時代から、作付け前にその年の秋に収穫される綿花はすべて買うと約束し、契約農家が安心してオーガニック栽培を継続できるように支えているという。
「『人を幸せにしたい』というサリーさんのとてもシンプルな思いに共感しています。多少効率が悪くとも、人と地球に優しいものづくりをコンセプトに、ともに持続可能なスタイルを貫いていきたいと思っています」

MHLにとって、サリーさんや大正紡績のような、志が高く、クオリティの安定した生産者や作り手の存在が欠かせない。3者がゆるやかに循環し、互いを思いやる関係性がブレないものづくりに繋がっている。

TEXT: CHIZURU ATSUTA