進化するトラディション

「英国の伝統的なものを使って、今の時代にあったスタイルを作るように心がけています。常にどこかに新鮮さがないといけないと思うのです」

─ マーガレット・ハウエル

写真家・平野太呂さんがゲストとトークを繰り広げる連載「LIFE NOTES」。ゲストと共にマーガレット・ハウエルにまつわるテーマについて考えます。第 11 回目は、時代と共に進化し続けるトラディショナルなアイテムについて。伝統的なものがお好きという作家の西加奈子さんが、そのものたちに惹かれる理由について語ってくれました。

平野太呂(以下H):実は、今回がお会いするのは初めてなんですよね。
西加奈子(以下N):やっとお会いできてうれしいです。
H:今日のニット、とても似合っていますね。普段からこういう柄が入っているニットを着ていることが多いのですか?
N:冬のアイテムでは、ニットがすっごく好きで、今日みたいに少し大きめのサイズをゆったり着ていることが多いです。「こんなのどこで着るの!?」みたいなものも好きで、昔はアートを買うようにして集めていたこともあったんですよ。でも「着ていて心地よいもの」という条件が、年齢を重ねるにつれて優先順位の上に来るようになりましたね。このニットもすごく柔らかくて暖かいし、着心地抜群です。あとは伝統ある民族的な柄ものはずっと好きですね。はじめは「色がきれいだな」といったことから惹かれたんですけれど、最近は、民族固有のものが言語も含めてどんどんなくなっていっているから、「自分の手元に持っておきたい」という気持ちで買うようになったんです。なくなってしまったら嫌だなと思うんですよ。
H:今着ているマーガレット・ハウエルのニットの柄もイギリス・スコットランドの伝統的な「アーガイル」ですね。西さんは、特にこの民族のものが好きっていう、こだわりはあったりしますか?
N:私はより過剰なものが好きです。美の基準がワールドスタンダードから圧倒的に外れていることって重要だと思うんです。
以前エジプトに住んでいたんですけれど、エジプトは太っている人が美しいと言われていたのに、最近ではどんどん「世界的な美人」の基準に人々の価値観が寄っていってしまっていて寂しいです。でもマーガレット・ハウエルさんは、イギリスの伝統を大切にしている印象があるのでとても共感が持てるんですよね。
H:ほんと、そうかもしれませんね。個人的興味もあって伺いますが、普段考えている小説と、選ぶ洋服がリンクすることもあるんですか?
N:なるべくそうはしたくないと思っているんです。自分の生活の全てを、作品に紐づけるのはやめたくって。自分はただ洋服が好きだし、その衝動を大切にしたい。そんな作品と切り離されたものがあったときに、少しホッとしたりもするんです。例えば、作品以外に選ぶもので「平野さんらしくないですね」って言われることはないですか?
H:そういう意味では、ビヨンセが好きなのは意外だって言われます。
アイコニックなものって寂しさも内包している気がして、それでもアイコンでい続ける意地を感じるところも好きだったりしますね。あとは、エルヴィス・プレスリー。僕、エルヴィスのそっくりさんばかりを撮影した写真集を作ったことがあるんです。『The Kings』っていうんですけれど。
N:えー、それ欲しいです!
H:ありがとうございます。
N:今ちょうどモノマネをしている人の小説を書いているんですよ。
H:なにそれ、気になります。
N:モノマネがキーとなっているハーモニー・コリンの映画『ミスター・ロンリー』も、すごく好きな映画なのですが、誰かに似せている人って、なぜかすごく寂しさを感じるんですよね。誰かになって生きるって、どういう心境なんだろうって思ったり。私たちもきっとどこかでそういう部分があるんじゃないのか?そんなことを題材にしています。
H:なるほど。とっても面白そうな作品ですね。完成が楽しみです。

H:今日は、個展の会場にお邪魔しましたが、絵も描いていらっしゃるんですね。いつからですか?
N:絵は小さい頃から描いていたんですよ。でも、それで生計を立てていくつもりは全然なくって、よく人にプレゼントしたりしていました。
H:小説の表紙も描いていらっしゃるんですね。絵を描くときは、小説からイメージを得るんですか?
N:小説を書いているとイメージが湧いてくるので、絵の筆が進みます。ただ、変にコンセプトが頭に浮かんでしまうのが、邪魔だったりもします。今は作家として言葉で表現しているけれど、言語化することで限定してしまうのがすごくもどかしいんですよね。
H:言葉の印象って強いですからね。
N:例えば、高校生のときに読んで衝撃を受けたトニ・モリソンの小説があって、当時はそれが「どうすごいのか」表現しきれる言葉を持っていないと思っていました。だから、誰にも伝えずに自分だけのものにしていたんです。ただ、今の仕事をするようになって「衝撃を受けた一冊は何ですか」と聞かれる機会が増えたこともあり、彼について話すことが多くなりました。
H:職業柄やっぱり聞かれるんですね?
N:はい。本当は、話している以上に伝えたいことがあるはずなのに、そうやってうまく話すことによって表現やイメージを限定してしまう。でも絵だったらそれ以上のことを伝えられる気がしています。写真もそういうところがありませんか?
H:そうですね。写真と言葉の関係も色々な問題があって、「言葉で表現したくない」という人も多いんですけれど、ちょっとのヘルプになるような言葉がついている方が見やすいという人もいますよね。
N:確かに。「なんとなく好きだな」と思っている写真があったとして、それに対して「これはこの作家が最期に撮った写真です」と言われたらまた目に映るものが全く異なってくるじゃないですか。言葉、つまりタイトルとか情報ってすごく意味を持ちますよね。
H:言葉を扱っている人にはそういう葛藤があるんですね。言葉を添えることで、意図がついちゃうことは確かにありますね。僕は写真集なんかのタイトルは、あんまり意味がない言葉だったり、即物的なタイトルを付けるんです。空っぽのプールばかり撮った写真集は『POOL』。本当は、『スケートボーダーたちが遊んでいるプール』なんだけれど、そこまではあえて言わない。あとはご自由に、という感じ。
N:私たちの仕事ってバイアスをかける作業をしていると思っています。例えば誰か一人の人生を描くにしても、「どういう人生を描くかということ」をしているわけです。でも写真はそこにあるものを撮るから、「そこに自分はいない」という表現をしている人もいますよね。でもフレーミングって、「すごく自分」と思うんですけれど、その「どこでフレーミングするか」という線引きはどう決めているんですか?
H:僕は、生理的なものですかね。好き、嫌い。「ちょっとこっちが良い」って思う理由についてはあんまり考えていないんですよね。自分でもどういう理由で、そのフレームにしているのか説明できないです。それがあるから面白いところがあって、最後どこでシャッターを切るかで自分の好き嫌いが込められる。そこにその人の癖とか性質が出るんだと思います。
N:洋服もそうですよね。もちろん、理由が明確で好きなものもありますけれど、感覚的に選んでしまったりすることって多いと思います。私は、シンプルな洋服でも、ディテールに作り手の思いが出るものが好き。マーガレット・ハウエルのように、ベーシックでもこだわりがあるようなもの。その反面「このデザイン、数年後は絶対ダサい!」みたいな突飛なデザインも大好きだったりもするんですけれどね。

KNIT ¥58,000 >

TROUSERS ¥45,000 >

BELT ¥19,000 >

*商品は全て消費税抜きの価格です。

INTERVIEWER

平野太呂 写真家

Taro Hirano / Photographer

1973年、東京都生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒。2000年よりフリーランスとして活動を開始。スケートボードカルチャーを基盤にしながらも、カルチャー誌やファッション誌、広告などで活動中。主な著書に『POOL』(リトルモア)『ばらばら』(星野源と共著/リトルモア)『東京の仕事場』(マガジンハウス)、フォトエッセイ『ボクと先輩』(晶文社)、『Los Angeles Car Club』(私家版)、『The Kings』(ELVIS PRESS)がある。渋谷区上原にて2004年からNO.12 GALLERYを主宰。

GUEST

西 加奈子 作家

Kanako Nishi / Novelist

1977年、イラン・テヘラン生れ。エジプトのカイロ、大阪で育つ。2004年に『あおい』でデビュー。翌年、1 匹の犬と5人の家族の暮らしを描いた『さくら』を発表、ベストセラーに。2007年『通天閣』で織田作之助賞を受賞。2013年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞受賞。その他の小説に『窓の魚』『きいろいゾウ』『うつくしい人』『きりこについて』『炎上する君』『円卓』『漁港の肉子ちゃん』『地下の鳩』『ふる』など多数。

撮影協力/AI KOWADA GALLERY