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    Yoshiyuki Morioka
    森岡督行/ 森岡書店 店主・ブックディレクター
    写真家・平野太呂さんの感性とシンクロするさまざまなクリエイターに密着する連載コラム「LIFE NOTES」。第5回目となる今回は、森岡書店・店主の森岡督行さんが登場。お二人が出会うきっかけとなった意外なエピソードにもご注目を。

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    森岡督行(以下M):マーガレット・ハウエルは、普段から着ている馴染みのあるブランドなので、今日呼んで頂いてとても光栄です!
    平野太呂(以下H):あ、そうなんですね。どうりで着こなし方がこなれているな、と思いました。
    M:お気に入りで擦り切れるほど穿いているトラウザーズがありまして。ステッチの入ったディテールが美しいものなんですけれど、それを「どこのトラウザーズですか?」って褒めてくださった方がいたりして。あと今年の夏は、リネンのTシャツをかなり愛用していたんですが、食事の席で知人に突然「これどこのブランド?」って聞かれたり。
    H:特徴のあるTシャツだったんですか?
    M:シンプルですが、とにかく質感がよくって。シャツのようなリネンの生地でできたタイプで、それがすごくいいんですよ。確かMHLだったと思います。あと銀座に『SO WHAT』っていうバーがありまして、そこのマスターは元々アパレルで仕立てかなにかをされていた方なんですが、マーガレット・ハウエルのラウンドカラーのシャツにタイをして飲んでいたら「“らしい”の着てるね、どこの?」って、そこでも聞かれまして。それが最近のマーガレット・ハウエルの想い出ですね。
    H:今の話だけでも3回!どこのブランドか聞かれるってことは相当着こなして似合っている証拠ですね。
    M:いやぁ、とにかく好きなんですよ。カフェがある神南のお店もコーヒー飲みによく行きますし。
    H:どんなイメージなんですか、マーガレット・ハウエルは?
    M:シンプルで飾り気のないデザインというのが、自分の好きなものとリンクするんですよ。例えば、ドイツの建築家のブルーノ・タウトが比較していることなんですけど、日光東照宮の美しさと桂離宮の美しさの話で、日光東照宮は、デコラティブでさまざまな要素を入れて建てられているけれど、桂離宮は、排除する引き算の美学みたいなところで、すっきり見せている。同じ時代に作られたものでもこれだけ違うという見方で、私は桂離宮とか伊勢神宮のようなスタイルが好きなんです。それはきっとマーガレット・ハウエルの物づくりやクリエーションに共通するものがあるなって思います。
    H:お気に入りのアイテムとかありますか?
    M:一番印象に残っているのは、ダッフルコートです。実際に持っていたわけではないんですけど、エヌワンハンドレッドの大橋郁子さんがなにかの雑誌で好きなものを紹介するページがあって、そこで薄いブルーのダッフルコートを紹介していたんです。それがすごいカッコよくって!あとでクレジット見たらマーガレット・ハウエルのだって知って。その時のことが忘れられないんですよね。

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    H:銀座のお店は、1週間で1冊の本を売るスタイルでやってますけど、中で展示する方によってお店の印象が随分変わりますね?
    M:もう全然違いますね。今週は山の本でポップな雑貨屋さんのような雰囲気でしたが、来週は写真展なので、キリッとしたギャラリーのようなイメージになると思います。
    H:そうなるとお客さんも色々ですね。
    M:最近は海外からもよくお客さんがいらっしゃいます。今は個人が顔を持った時代って誰かが言っていましたが、それをすごく実感しています。遊びに来てくれたお客さんがSNS で拡散してくれて、それを見たその友人が来てくれる。その中にはメディアの人もいたりして今度はメディアで取り上げて頂いて、また人が来てくれる。そういう繋がりの現象が起きていると思います。
    H:字面で“一冊しか売らない本屋”ってキャッチ―だし、なんだろう?ってSNS でも拡散しやすいのかも。
    M:やっていることは新刊を扱う本屋さんでコーナーを作るプロモーションと同じなんですけど、それだけしかないっていうのが大きく違う点なんですよね。
    H:いつぐらいから考えていたんですか?
    M:ちょうど平野さんが前の店舗で展示をやって頂いた2007 年から構想がありました。
    H:じゃあ知り合った頃に、そんなこと考えていたんですね。
    M:はい。そうえば、平野さんとは出会い方がちょっと特殊でしたね。
    H:そうそう、うちの母に紹介されたんですよね。
    M:それがすごい面白い出会いで。僕が独立して、いい写真集を探しにパリへ買い付けに行ったんですけど、本屋だけじゃなくって『コレット』も見たいなと思って立ち寄ったんですね。そしたら平野さんの「POOL」が正面にドーンと積んであったんですよ。
    H:あ、そうだったんですか? 知らなかった。
    M:私もびっくりして。その前に私もPOOLを買って持っていましたし、やっぱりこの写真集みんないいって思うよね。っていうのを感じながら日本へ帰ってきたんです。ほどなくして自分の店を構えるんですけど、立地的にお客さんが頻繁に来るところでもないし、なかなか軌道に乗らなくて悩んでいて。で、ある日、神楽坂の『ムギマル2』という古民家カフェで、饅頭食べてコーヒー飲んでいたらご婦人が入ってこられて、満席だったんですけど、お店のオーナーの岩崎さんって方が私に合図してきて、あ、紹介されたのかなって思って自己紹介させて頂いて。じゃあ今度お店行くからねってご婦人が仰ってくれて、帰られたんですよ。そしたら岩崎さんが、ちょっと森岡さん、さっきは紹介したんじゃなくってそこの席空けてくれる?って合図だったのに。なんて言われまして(笑)。それが実は平野さんのお母様だったんですよね。
    H:そうですね。当時、神楽坂でイワトってシアターを運営してたので。
    M:後日お店に来て下さって「ここ雰囲気いいからギャラリーにすればいいのに。あなた写真集好きなの?うちの息子も写真ばっか撮ってるのよね」。なんていう話に耳を傾けて、どんな写真撮られてるんですか?って聞いたら、「なんかプール撮ってる」って言ってまして。“平野”で“POOL”で繋がって、ひょっとして息子さんって平野太呂さんですか!? って話に。
    H:うちの母に茅場町で本屋やってる面白い子がいるから、見てきなさいって言われましたよ。
    M:それがご縁で、展示をして頂いたり、カメラ日和っていう媒体で一緒に連載をすることになりまして。
    H:そういえば、トークイベントもやりましたよね、旧森岡書店で。
    M:あー、そうだ! 思い出した。平野さんに展示してもらった時にせっかくだからトークイベントもやりましょうってことになって企画して。そんなに人来ないだろうなって思って整理券たしか12 枚ぐらい用意して待ってたら、100 人ぐらいどーっと来たんですよ。入りきれないぐらいで。あのトークイベントは面白かったですね。
    H:色々縁がありますね。今のお店も来年の6月まで埋まっているそうで、それ以降またなにかやれたら嬉しいですね。

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    H:森岡さんって古いビルが好きなんですよね? 自分で本を出しちゃうぐらい。
    M:好きですね。前の茅場町のビルもそうですし、今の鈴木ビルもそうですが、古いビルに入っていくとそこは東京でもないですし、外国でもない。現代でもないですし、昔でもないような。そういう感覚があって、時間的にも空間的にも揺さぶられる身体的体験があるんですよね。そういう空間を作るとなるとお金もかかりますし、かなり大変だと思うんです。近代建築には最初からそれが備わっていますから、そういう物件を自分で探してそこにお店を構えるっていうのが理にかなっているかなと。
    H:本も古いものが好きですよね? 旧森岡書店もそうでしたし、さっき行った日比谷図書文化館でも昔の本に触れましたけど、そういうタイムスリップというか時間の前後みたいなものに気持ちが動くんですね?
    M:たしかにそういうものにグッときます。
    H:今日は銀座の街を一緒に散歩して思いましたが、意外と古ビルって沢山あるんですね。
    M:銀座や日本橋エリアは空襲を逃れた当時の建物が点々としているエリアですから。
    H:日比谷の図書館も面白かったです。よく行かれるんですか?
    M:日比谷図書文化館は、何回も行っているんですけど、4階のフロアは実は初めて入ったんですよ。
    H:気軽にあんな古い本に触れられるなんて驚きました。
    M:ほかにはちょっと無いんじゃないですかね。貴重な体験ができる場所です。
    H:あの建物ってすごいコンセプチュアルですよね、全部三角でできていて。
    M:外観も綺麗な三角形ですけど、屋上に続く階段の窓の格子もすべて三角形でしたね。
    H:三角の建築って一番贅沢ですよね。実際、効率悪いですから。
    M:もともと1908年明治41年に建てられた当時の建物は、東京大空襲で焼失してしまったそうで、その後の区画整理で残された土地が三角形だったことから、昭和32年にこういう形の建物を作ったらしいですよ。
    H:なるほど。鈴木ビルの外観も特徴的ですよね。そういえば、お店の場所を変えようと考えて、なぜ今のビルに?
    M:あの鈴木ビルには戦時中の昭和14年から対外宣伝誌を編集する『日本工房』というプロダクションが入っていて、写真家の土門拳さんや1964年東京五輪のポスターなどで知られるグラフィックデザイナーの亀倉雄策さんらが集って出版物を作っていた場所なんです。そんな場所に魅かれたんですよね。
    H:日本工房があったことが決め手になったんですか?
    M:一番はそこですが、5坪という大きさがコンセプトをまとめるのに非常によかったというのもあります。それと、あの部屋はかつて石炭置き場だったらしいんです。なぜか石炭置き場に縁があるんです。
    H:え? どうゆうことですか?
    M:石炭置き場があるところを転々としているんです。大家さんがあそこにはストーブ用の石炭が置かれていた場所なんですよって教えてくれて、その瞬間全身にイナズマが走ったというか。
    H:いやいや、なにに反応してるんですか。
    M:前の茅場町のビルにも2階に石炭置き場だったところがありましたし、その前に勤めていた神保町の『一誠堂書店』も地下が石炭置き場でした。昔、中野の古いアパートに住んでいたんですけど、そこのベッドの下も石炭置き場だったのが始まりですね。
    H:また、森岡さんの変わった一面を知ることができました。

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    森岡督行
    森岡書店 店主・ブックディレクター
    Yoshiyuki Morioka
    Moriokashoten Owner・Book Director

    1974年生まれ。1998年に神田神保町の一誠堂書店に入社。2006年に独立し、茅場町にて「森岡書店」をスタート。2015より現在の銀座へ移転し、一冊の本だけを売る「森岡書店 銀座店」をオープン。著書に『写真集 誰かに贈りたくなる108冊』(平凡社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『荒野の古本屋』(晶文社)、『東京旧市街地を歩く』(エクスナレッジ)など。

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    平野太呂 写真家
    Taro Hirano / Photographer

    1973年生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒。2000年よりフリーランスとして活動を開始。スケートボードカルチャーを基盤にしながらも、 カルチャー誌やファッション誌や広告などで活動中。主な著書に『POOL』(リトルモア)『ばらばら』(星野源と共著/リトルモア)『東京の仕事場』(マガジンハウス)、フォトエッセイ『ボクと先輩』(晶文社)、『Los Angeles Car Club』(私家版)、『The Kings』(ELVIS PRESS)がある。東京都渋谷区上原にて2004年からNO.12 GALLERYを主宰している。